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EUが初めて犬猫の福祉ルールを統一|全頭マイクロチップ・近親交配禁止・断耳断尾禁止の新規則を読み解く

EUの犬猫福祉規則のイメージ:EU旗の前に座る犬と猫

EUが初めて犬猫の福祉ルールを統一|全頭マイクロチップ・近親交配禁止・断耳断尾禁止の新規則を読み解く

2026年8月10日、EU(欧州連合)の官報に一本の規則が掲載されました。「犬と猫の福祉およびトレーサビリティに関する規則(EU)2026/1818」。EU加盟27か国すべてに直接適用される、史上初の犬猫専用の福祉ルールです。

ヨーロッパは「動物福祉の先進地域」と言われますが、実は犬と猫については、これまでEU共通のルールがありませんでした。国ごとに法律が違い、規制の緩い国で繁殖された子犬がオンラインで国境を越えて売られる。その隙間を埋めるために、6年がかりで作られたのがこの規則です。

この記事では、規則の中身を「誰に・何を・いつから」の順に整理し、日本のルールと比べてみます。

なぜEUに犬猫のルールが必要だったのか

EUでは市民の約44%がペットを飼っており、74%が「ペットはもっと守られるべきだ」と考えています。犬猫の取引は年間13億ユーロ(約2,000億円)規模に成長し、飼い主の約6割がオンラインで犬猫を購入しているとされます。

問題は、EUには家畜(牛・豚・鶏など)の福祉基準はあっても、犬猫の繁殖・飼育・販売に関する共通ルールがなかったことです。その結果、

  • 規制の緩い加盟国や域外で大量繁殖された子犬が、健康状態も出自も不明のままオンラインで売られる
  • 「個人のペット」を装って域内に持ち込み、あとから販売する抜け道が横行する
  • マイクロチップの登録制度が国ごとにバラバラで、国境を越えると追跡できない

といった状況が続いていました。欧州委員会が2023年12月に規則案を提出し、欧州議会と理事会の交渉を経て、2026年4月に議会が賛成558・反対35で可決、5月に理事会が承認。8月10日の官報掲載で正式に成立しました。

誰に適用されるのか|ブリーダー・販売業者・シェルター、そして飼い主

この規則が対象にするのは、大きく2つのグループです。

事業者(オペレーター)

繁殖施設、販売施設、シェルター(保護施設)、そしてシェルターから動物を預かるフォスター(一時預かり)家庭まで含まれます。飼育環境・繁殖・健康管理・スタッフの能力など、規則の中心部分(第2章)はこの事業者に課されます。

規模による区別もあります。年間5腹を超える出産がある、または繁殖用のメスを5頭超飼育する繁殖施設は、当局の現地検査を受けて「承認」を得なければ販売できません。小規模なブリーダーは届出制ですが、一般的な福祉義務は全員に適用されます。

飼い主

そして今回、個人の飼い主にも義務が課されるのが大きな特徴です。ただし内容はマイクロチップと登録に限られ、飼育方法そのものは規制されません。

なお、農場で害獣駆除のために自由に出入りする野良猫に「居場所を提供しているだけ」の農家、警察犬・軍用犬・税関犬の訓練に関わる一部の行為は、適用除外や例外が認められています。

全頭マイクロチップ登録|飼い主にも義務、猫は2041年まで猶予

規則の柱の一つが、EU域内のすべての犬猫を、獣医師が装着したマイクロチップで個体識別し、各国のデータベースに登録することです。

  • 繁殖施設で生まれた子は生後3か月以内、かつ販売前に登録
  • シェルターや販売施設に入った子は30日以内に登録
  • 飼い主が飼う子も、生後3か月までに登録
  • 死亡や所有者の変更も記録し、読み取れなくなったチップは再装着

各国のデータベースは相互に接続され、欧州委員会が「インデックス・データベース」を運用して、国境を越えても追跡できる仕組みになります。

ただし、飼い主への適用には長い猶予が設けられました。事業者は2030年8月から、犬の飼い主は2036年8月から、猫の飼い主は2041年8月からです。「15年後」と聞くと遠く感じますが、それだけ野良猫や未登録猫の実態が国ごとに違い、一斉には進められない、という判断の表れでもあります。

繁殖のルール|近親交配禁止、2年に3回まで、帝王切開2回で引退

繁殖施設に対しては、母犬・母猫の体を守るための具体的な数値が定められました。

  • メス猫は生後10か月以上、メス犬は2回目の発情期以降でなければ繁殖に使えない
  • 2年間に3腹まで。3腹産んだら1年以上の休養が必要(死産も回数に含む)
  • 帝王切開を2回受けたメスは、以後繁殖に使えない
  • 8歳以上のメス犬、6歳以上のメス猫を繁殖に使う場合は、獣医師の書面による健康確認が必要

さらに、次の繁殖は禁止されます。

  • 近親交配:親子、きょうだい、半きょうだい、祖父母と孫の交配(希少な地域犬種の保存で当局が認めた場合を除く)
  • 野生種との交雑(ハイブリッド)を目的とした繁殖
  • 過度な体型的特徴(extreme conformational traits)を持つ個体の繁殖:短頭種の極端に短い鼻など、健康リスクの高い特徴を持つ犬猫は繁殖に使えない。どの特徴が該当するかは2030年6月までに欧州委員会が定める

この「過度な体型」の規定は、ペットショーでの使用禁止とセットになっており、見た目を追求した繁殖そのものに歯止めをかける意図があります。(短頭種の問題については、日本でも人気!短頭種の犬たちの現実とは?で詳しく解説しています)

飼育のルール|毎日1時間の屋外、8週齢まで母親と一緒に

事業者が守るべき飼育基準も、かなり具体的です。

  • 生後8週を超えた犬は、毎日合計1時間以上、屋外に出るか散歩する
  • 給餌は1日2回以上、子犬子猫はさらに頻繁に。清潔な水は常時
  • 1日7時間以上の光、8時間以上の暗い時間
  • 出産直後の温度管理(子犬は生後10日間22〜28℃、子猫は生後21日間18〜27℃)
  • 生後3週から、同種の動物や人との社会化の機会を毎日つくる
  • 猫には十分な数の爪とぎ、隠れ場所、高い棚
  • 子犬は8週齢、繁殖施設の子猫は12週齢まで母親から離さない(シェルターの子猫は8週齢)

また、1時間を超えるつなぎ飼い(テザリング)は禁止。動物の自然な動きを制限する場所での飼育も、検査や治療などの一時的な場合を除いて認められません。

事業者には、獣医師による「アドバイザリー福祉訪問」を受ける義務もあります。初回は2029年8月までに、以降はリスクに応じて(国によっては毎年)実施し、記録を4年間保存します。

禁止される行為|断耳・断尾・声帯除去・プロングカラー

見た目や「扱いやすさ」のための処置は、原則として禁止されます。

  • 断耳、断尾、抜爪(指の切断を含む)、声帯除去:医学的な理由がある場合のみ、獣医師が麻酔と鎮痛のもとで実施できる
  • 電流を流すこと(電気ショック首輪):医療目的以外は禁止
  • プロングカラー(スパイク付き首輪)の使用禁止
  • 安全ストッパーのないチョークカラーの使用禁止
  • 手足・頭・耳・尻尾・毛をつかんで持ち上げること
  • 口輪は安全上必要な最小限の時間のみ

そして、こうした処置を受けた犬猫や、過度な体型的特徴を持つ犬猫は、ドッグショー・キャットショーへの出場が禁止されます。「切ってでも見た目を整える」文化に対する、はっきりとしたメッセージです。

オンライン販売と輸入|広告に「動物はおもちゃではない」

飼い主の6割がオンラインで購入する現状に合わせ、ネット販売にも初めてルールが入りました。

事業者がオンラインで犬猫を販売する際は、広告に次の一文を太字で目立つように表示しなければなりません。

「動物はおもちゃではありません。迎えることは人生を変える決断です。動物の健康と福祉を守り、遺棄しないことはあなたの義務です。」

さらに、販売者はEUの検証システムで固有の認証トークンを発行し、広告に表示します。買い手はそのトークンから、動物が正しく登録されているか確認できる仕組みです。オンラインプラットフォーム側も、トークンを表示できる画面設計にする義務を負います。

売り手は買い手に対し、識別・登録の証明、種・性別・生年月日・出生国・犬種、ワクチン接種歴、既知の病気やアレルギー、検査結果を書面で渡さなければなりません。

輸入についても、域内と同等の福祉基準を満たした登録施設からの犬猫しか販売目的で持ち込めず、入域前にマイクロチップを装着することが条件になります。「個人のペット」として持ち込んで転売する抜け道を塞ぐため、非商業的な持ち込みも事前登録の対象になりました。

見送られたこと|ペットショップ販売禁止は入らなかった

欧州議会は2025年6月の時点で、ペットショップでの犬猫の販売を全面的に禁止する修正案を可決していました。フランスやイギリスがすでに導入している措置です。

しかし理事会との交渉の中で、欧州委員会は「一つの業種を丸ごと禁止するのは比例原則に反する」と主張し、議会は最終的にこの修正案を取り下げました。成立した規則では、ペットショップは「販売施設」として飼育基準や登録義務を負いますが、販売そのものは禁止されていません。

同様に、すべての繁殖施設への事前承認制も、「各国の公的獣医師が足りない」という理由で、年5腹超・メス5頭超の施設に絞られました。

理想と現実の間で削られた部分があること。それ自体は珍しいことではありません。ただ、削られた理由が「動物のため」ではなく「執行体制の限界」だったことは、覚えておく価値があります。

いつから始まるのか|2028年から段階的に、完成は2041年

規則は2026年8月30日に発効しましたが、実際に適用が始まるのは2028年8月31日から。そこから項目ごとに段階的に義務化されます。

  • 2028年8月:一般的な福祉義務、繁殖ルール、禁止行為など本体の適用開始
  • 2029年8月:健康管理の義務、初回の獣医師訪問期限
  • 2030年8月:事業者のマイクロチップ登録義務、国のデータベース整備
  • 2031年8月:施設の構造基準、オンライン認証トークン、輸入規制
  • 2033年8月:スタッフの資格要件
  • 2034年8月:大規模繁殖施設の承認制
  • 2036年8月:犬の飼い主の登録義務
  • 2041年8月:猫の飼い主の登録義務

成立から完成まで15年。長く見えますが、27か国の獣医師・データベース・行政の体制を揃えるには、この時間が必要だという判断です。

日本のルールとどこが違うのか

日本にも、2019年の動物愛護管理法改正で導入された「数値規制」(2021〜2024年に段階施行)があります。並べてみると、方向性は似ていて、細部が違うことがわかります。

  • 繁殖回数:EU「2年に3腹まで・帝王切開2回で引退」/日本「犬猫とも原則6歳まで、メス犬は生涯6回まで(獣医師の診断で7歳まで可)」
  • 母親からの分離:EU「子犬8週齢・繁殖施設の子猫12週齢」/日本「犬猫とも56日(8週)齢」
  • 近親交配:EU「親子・きょうだい等を禁止」/日本「規定なし」
  • 断耳・断尾:EU「医学的理由以外は禁止」/日本「規定なし」
  • マイクロチップ:EU「飼い主を含め全頭義務(猶予あり)」/日本「販売業者に義務(2022年〜)、一般の飼い主は努力義務」
  • 飼育基準:EU「屋外1時間・光と暗さの時間・温度」/日本「ケージの広さ・従業員1人あたりの頭数」
  • オンライン販売:EU「警告文・認証トークン義務」/日本「対面説明・現物確認の義務」

日本の数値規制は「ケージの大きさ」「1人あたり何頭まで」という施設の物理的な基準が中心で、EUは「動物が何をできるか」(屋外に出る、社会化する、母親と過ごす)という行動の基準が中心です。どちらが優れているというより、着眼点が違います。

一方で、近親交配と断耳断尾について日本に規定がないことは、はっきりした差です。

まとめ

EUの犬猫福祉規則は、「動物福祉先進地域」のヨーロッパが、実は犬猫について共通ルールを持っていなかった、という事実から出発しています。

全頭マイクロチップ、近親交配の禁止、2年3腹の繁殖制限、断耳断尾の禁止、オンライン広告の認証。どれも個別には、すでにどこかの国が実施していたものです。この規則の意味は、それを27か国で同じ基準にし、国境を越えて追跡できる仕組みにしたことにあります。

ペットショップ販売禁止が見送られたように、削られたものもあります。適用完了は2041年と、気の長い話でもあります。それでも、「法律がある」ことと「機能している」ことは別だと考えれば、15年かけて執行体制ごと作り込むこの進め方は、むしろ現実的なのかもしれません。

(2026年9月 執筆。規則本文は参考記事のEUR-Lexで確認できます)

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