イギリスの猫のマイクロチップ義務化はどうなったのか|2024年施行から2年、装着率73%で横ばい、義務のないウェールズは77%
イギリスのイングランドでは、2024年6月10日から、飼い猫へのマイクロチップの装着が法律上の義務になりました。犬はすでに2016年から義務でしたが、そこに猫が加わったかたちです。
それから2年あまり。装着率は上がったのでしょうか。
猫の保護団体 Cats Protection が毎年まとめている調査「CATS Report UK」の2026年版を見ると、答えは「ほとんど変わっていない」でした。英国全体の装着率は2024年の75%から、2025年は74%、2026年は73%。義務化したイングランドが73%なのに対し、義務のないウェールズは77%でした。
この記事では、イングランドの制度の中身を整理したうえで、義務化しても数字が動かなかった理由を、調査の回答から構造的に見ていきます。最後に、日本のマイクロチップ制度との違いにも触れます。
目次
イングランドの猫のマイクロチップ義務|何が決まったのか
根拠になっているのは、2023年4月に制定された「The Microchipping of Cats and Dogs (England) Regulations 2023」(2023年規則第468号)です。それまでの犬だけの規則(2015年)を置き換え、猫にも広げました。猫の部分だけ施行を遅らせ、2024年6月10日から適用されています。
主な内容は次のとおりです。
- 対象:生後20週を超える飼い猫(犬は生後8週を超える犬)
- 義務:マイクロチップを装着し、飼い主の氏名・住所・連絡先を、国の条件を満たした民間のデータベースに登録すること。引っ越しなどで変わったら更新する
- 室内飼いも対象:外に出ない猫も例外ではありません
- 対象外:人との関わりがほとんどない農場の猫、野良猫、地域猫など
- 例外:健康上の理由で装着できないと獣医師が証明した場合
- 輸入した猫:イングランドに入ってから30日以内に装着
- 譲渡:チップのない猫を他人に譲ってはいけない。新しい飼い主は登録情報を自分の名前に変える
費用について、英国政府(環境・食料・農村地域省、Defra)は2024年の発表で、装着と登録で平均約25ポンドとしていました。
なお、この規則が適用されるのはイングランドだけです。RSPCA の案内ページも、猫の義務は現時点でイングランドのみとしています。ウェールズ政府の飼い主向けページ(2023年9月掲載)は、猫のマイクロチップを「義務ではないが、責任ある飼い主として望ましい」と説明しています。
違反したらどうなるのか|「通知から21日」という仕組み
チップを入れていないこと自体で、すぐに罰金になるわけではありません。規則の流れは次のとおりです。
- 自治体が権限を与えた職員や警察官などが、猫を一時的に預かってチップの有無を確かめられる(第13条)
- チップがなければ、飼い主に「21日以内に装着せよ」という通知を出せる
- 通知に従わなければ、本人の同意なしに装着させ、費用を請求できる
- 通知に従わないことは犯罪で、略式裁判で標準等級2の罰金(上限500ポンド)が科されうる(第14条)
つまり、罰則が働くのは「チップのない猫が見つかり、通知を受けても放置したとき」です。迷子になって保護された猫や、通報があった家の猫でなければ、行政が確かめる場面はほとんどありません。
制度としては合理的です。猫を1匹ずつ見回ることはできないからです。ただし、この仕組みは「守らなくても見つからない」ことと表裏一体です。義務化の効果は、罰則よりも、ルールが知られることと、飼い主が自分ごととして受け止めることに頼っています。
装着率は2020年から71〜75%のまま
CATS Report UK は、調査会社に委託したオンライン調査です。2026年版は2026年2月24日〜4月16日に行われ、全国の代表サンプル3,511人と猫の飼い主6,422人などが回答しています。
英国全体の猫の装着率の推移は次のとおりです。
- 2020年:71%
- 2021年:70%
- 2022年:71%
- 2023年:73%
- 2024年:75%
- 2025年:74%
- 2026年:73%(装着していない23%、わからない4%)
2026年版は、英国の飼い猫を1,170万匹と推計し、マイクロチップが入っていない可能性のある猫を310万匹超としています。報告書は「2024年に法律が変わったにもかかわらず、装着率は上がっていない」とまとめました。2025年版でも同じ指摘があり、2年続けて横ばいです。
ここで注意したいのは、2024年の75%は義務化の直前の数字だということです。施行前の告知や駆け込みで、すでに上がっていた可能性があります。それでも、施行後に上積みが見られないことは確かです。
義務のないウェールズの方が高い
同じ報告書の地域別の数字を、2025年版と2026年版で並べます。
- イングランド(義務あり):75% → 73%
- ウェールズ(義務なし):74% → 77%
- スコットランド(義務なし):69% → 69%
- 北アイルランド(義務なし):61% → 61%
義務のあるイングランドが下がり、義務のないウェールズが上がりました。地域ごとの数字は回答者が少なく、1〜3ポイントの上下には調査の誤差も含まれます。ですから「義務化が逆効果だった」とは言えません。
言えるのは、法律があるかどうかよりも、装着率を決めている要因が別にありそうだ、ということです。
チップを入れない理由|「うちの子は外に出ない」
2026年版で、チップを入れていない飼い主が挙げた理由の上位は次のとおりです。
- うちの猫は外に出ない:22%
- うちの猫は遠くへ行かない:20%
- 首輪をつけているから:15%
どれも「うちの子には必要ない」という判断です。報告書は、室内飼いの猫ほど、外に出てしまったときに土地勘がなく戻れない危険があると指摘しています。
もうひとつ大きいのは、法律そのものが知られていないことです。イングランドでチップを入れていない飼い主の52%が、義務になったことを知らなかったと答えました。55歳以上では65%、初めて猫を飼う人でも65%です。
どんな猫が入っていないのかを見ると、構造がもう少しはっきりします。
- 保護団体から迎えた猫は87%、買った猫は69%
- 雑種は82%、純血種は64%
- この1年で迎えた猫は58%
- 飼い主が18〜34歳だと60%
保護団体では、譲渡の手続きに装着が組み込まれています。一方、個人売買やネットで買った猫は、誰かが確かめる場面がありません。チップを入れていない飼い主に「何があれば入れるか」を尋ねると、最も多かったのは「獣医師に勧められたら」(28%)でした。
つまり装着率を左右しているのは、法律の有無よりも「迎える経路のどこかに、確かめる人がいるかどうか」だと読めます。
入れても届かない|登録情報が古いまま82万匹
マイクロチップは、番号を読み取ってデータベースで飼い主を探す道具です。登録情報が古ければ、チップがあっても家には帰れません。
2026年版では、チップのある猫の93%は登録情報が最新だと飼い主が答えました。裏返すと、情報が古いままの猫が82万匹を超えると推計されています。最新だと答えた人でも、電話番号が最新なのは83%、住所は83%、メールアドレスは79%でした。
データベースが1つでないことも、仕組みを複雑にしています。イングランドでは国の条件を満たした民間のデータベースが複数あり、RSPCA の案内では20以上から選べます。迷子の猫を保護した側は、どこに登録されているかを探すところから始めることになります。
国は何を直そうとしているのか
英国政府は、チップの「登録の仕組み」の側にも手を入れようとしています。
- 2024年3月:Defra が登録制度の改革方針を発表。獣医師・自治体・警察が複数のデータベースを1か所から検索できる窓口をつくる、「行方不明」の届け出を記録させる、飼い主の変更に元の飼い主が28日間異議を出せるようにする、重複登録を防ぐ、など。協議への回答の96%超が賛成した
- 2025年10月17日〜2026年2月10日:Defra が、安楽死の前にマイクロチップを読み取る手順についての意見募集を実施。獣医師の団体 RCVS が2021年に犬について定めた読み取りの手順(のちに猫にも拡大)が、どう定着したかを確かめるもの
ただし、2024年の改革方針は、データベースを国の1つにまとめるのではなく、複数のデータベースを横断して検索する窓口で対応するというものです。また本稿執筆時点で、これを反映した規則の改正が施行されたことは確認できませんでした。
日本との違い
日本では、2019年の動物愛護管理法の改正により、2022年6月1日からマイクロチップの制度が始まりました。イングランドと比べると、義務を負う人が違います。
- 日本:装着が義務なのはブリーダーやペットショップなどの販売業者(第39条の2第1項)。一般の飼い主は「装着するよう努めなければならない」という努力義務(同第2項)
- イングランド:すべての飼い主に装着と登録の義務がある
- 登録:日本は装着した犬猫を環境大臣の登録を受ける(第39条の5)。チップ付きの犬猫を譲り受けた人は、30日以内に変更登録が必要(第39条の6)。登録先は国の指定登録機関に一本化されている
- データベース:イングランドは民間の複数のデータベース。日本は1つ
日本の制度は、「売る人に入れさせる」ことで、販売ルートから迎える犬猫には確実にチップが入る設計です。これは、イングランドの調査で装着率が低かった「買った猫」にこそ効く仕組みともいえます。
一方で、もともと飼っていた猫や、知人から譲られた猫、野良猫を迎えた場合は、努力義務にとどまります。イングランドが「全員に義務」でも73%で止まっていることを考えると、日本の飼い猫全体の装着率は、販売ルート以外でどれだけ入れてもらえるかに左右されるはずです。
まとめ
- イングランドは2024年6月10日から、生後20週を超える飼い猫のマイクロチップ装着と登録を義務化した。室内飼いも対象
- 罰則が働くのは、通知を受けて21日以内に装着しなかったとき(上限500ポンド)
- 英国の猫の装着率は2024年75%、2025年74%、2026年73%と横ばい。義務のあるイングランド73%に対し、義務のないウェールズは77%(いずれも2026年)
- 入れない理由は「外に出ない」「遠くへ行かない」。イングランドの未装着の飼い主の52%は義務を知らなかった
- 保護団体から迎えた猫は87%、買った猫は69%。迎える経路に確かめる人がいるかどうかで差が出ている
- 登録情報が古いままの猫も82万匹超。チップは「入れる」だけでは働かない
法律で義務にすることは、出発点にすぎません。装着率を動かしているのは、譲渡の手続きや動物病院の診察といった、飼い主が誰かと接する場面です。「義務にしたかどうか」ではなく、「確かめる場面が制度の中にあるかどうか」で見ると、イングランドの2年間の数字がよく理解できます。
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(2026年10月 執筆。数字は Cats Protection「CATS Report UK」2025年版・2026年版、英国政府の発表・法令にもとづく)
参考記事
- legislation.gov.uk:The Microchipping of Cats and Dogs (England) Regulations 2023(2023年4月25日制定)
- legislation.gov.uk:The Microchipping of Dogs (England) Regulations 2015
- GOV.UK:Cat microchipping now mandatory(2024年6月10日)
- GOV.UK:Treasured pets to be safer as microchipping deadline approaches(2024年5月10日)
- GOV.UK:More lost pets to return home as microchipping system reformed(2024年3月29日)
- GOV.UK:Cat and dog microchipping consultation, Summary of responses and government response(2024年3月29日)
- Defra:Scanning microchips prior to euthanasia(2025年10月17日〜2026年2月10日)
- Cats Protection:CATS Report UK 2026(2026年9月)
- Cats Protection:CATS Report UK 2025(2025年9月)
- RSPCA:Cat microchipping
- Welsh Government:Responsible cat ownership(2023年9月15日)
- 環境省:犬と猫のマイクロチップ情報登録について
- e-Gov法令検索:動物の愛護及び管理に関する法律


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