RSPCAとは何か|1824年に生まれた世界最古の動物福祉団体、200年の歩みと「査察官」「独自の訴追」の仕組み
イギリスの動物福祉を調べていると、必ずと言っていいほど出てくる名前があります。RSPCA(英国王立動物虐待防止協会)です。虐待の通報を受けて駆けつける制服姿の職員、保護施設、そして法改正を求めるキャンペーン。イギリスの動物福祉は、この一つの団体を抜きに語れません。
ただ、RSPCAは国の機関ではありません。寄付で成り立つ民間の慈善団体です。その民間団体が、200年にわたって虐待を調べ、みずから裁判所に訴えることまで担ってきました。
この記事では、RSPCAがどんな経緯で生まれ、どんな仕組みで動いているのかを整理します。そのうえで、「民間団体が取り締まりを担う」ことの強さと課題、日本との違いを見ていきます。
目次
RSPCAとは|イギリス最大の動物福祉団体
RSPCAは「Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals」の略で、日本語では「英国王立動物虐待防止協会」と訳されます。イングランドとウェールズで活動する、イギリス最大の動物福祉の慈善団体です(スコットランドと北アイルランドには、それぞれ別の団体があります)。
英国下院図書館の資料(2024年)によれば、規模は次のとおりです。
- 職員:1,506人
- 現場で動物を救助する職員:408人
- 支部:137
- ボランティア:約9,500人(2023年の年次報告)
現場の職員は、イングランドとウェールズの人口で割ると、およそ16万2,000人に1人です。広い地域を少ない人数でカバーしていることがわかります。
主な活動は、虐待や飼育放棄の通報を受けた調査、動物の救助と保護・譲渡、法改正を求めるキャンペーン、そして畜産動物の福祉基準の認証(RSPCA Assured)などです。
1824年、コーヒーハウスで生まれた
RSPCAの始まりは、1824年6月16日、ロンドンのセント・マーティンズ・レーンにあったコーヒーハウスでの会合です。集まったのは22人。中心にいたのは、アーサー・ブルーム牧師、国会議員のリチャード・マーティン、そして奴隷貿易の廃止運動で知られるウィリアム・ウィルバーフォースでした。
当時の名前は「動物虐待防止協会(SPCA)」。英国下院図書館の資料によれば、動物を守るための全国的な団体としては世界で初めてのものです。
その2年前の1822年には、マーティンが中心となって「マーティン法」が成立していました。牛や馬などへの残酷な扱いを禁じた法律で、動物を守る法律としては世界で最も初期のものとされます。
つまり、順番は「法律が先、団体が後」です。法律ができても、誰かが違反を見つけて裁判所に届けなければ、法律は動きません。SPCAは、その「法律を動かす役」として生まれました。
年表で見る200年
- 1822年:マーティン法(牛馬などへの虐待を禁止)が成立
- 1824年:ロンドンで動物虐待防止協会(SPCA)が発足
- 1835年:動物虐待法が成立。熊や牛をいじめる見世物(ベアベイティングなど)が禁止される
- 1840年:ヴィクトリア女王の許可を得て「Royal」を名乗り、RSPCAとなる
- 1870年:イングランド最後の闘牛を、RSPCAの職員と警察が止める
- 1911年:動物保護法が成立
- 1914年:第一次世界大戦で傷ついた軍馬のための基金を設け、13の動物病院と救急車を用意する
- 1952年:初めて女性の職員が現場に出る
- 2006年:動物福祉法(Animal Welfare Act 2006)が成立。飼い主に動物の必要を満たす義務を課す
- 2021年:動物福祉(量刑)法で、虐待の最高刑が拘禁5年に引き上げられる
- 2024年:設立200周年
1911年の法律から2006年の法律まで、95年の間があります。イギリスの動物福祉法の流れは、イギリスの動物福祉の歩みで詳しく紹介しています。
「査察官」は何ができて、何ができないのか
RSPCAの現場の職員は、制服を着て、虐待の疑いがある家や施設を訪ねます。見た目は警察官に近く、実際に初期の職員は制服と警棒を身につけていました。ロンドン警視庁ができたのは1829年なので、RSPCAの職員は近代的な警察よりも先に街に立っていたことになります。
ただし、法律上の権限は一般の市民と変わりません。下院図書館の資料は、次の点を指摘しています。
- RSPCAの職員には、一般の人以上に建物へ立ち入る権限はない
- 許可なく立ち入るには、警察や、法律で権限を与えられた検査官の同行が必要
- このことが、飼い主に必ずしも正しく伝わっていないという懸念がある
RSPCAは、2021〜2030年の戦略で「イングランドとウェールズで職員に法的な権限を持たせること」を目標に掲げています。民間団体に強制的な立ち入りの権限を与えてよいのかは、イギリスでも意見が分かれるところです。
民間団体が裁判所に訴える|独自の訴追
RSPCAの最も特徴的な点は、虐待をした人を、みずから裁判所に訴えてきたことです。
イングランドとウェールズでは、個人や団体が自分で刑事事件を裁判所に持ち込む「私人訴追」が認められています。RSPCAは設立当初からこの仕組みを使い、調べた虐待事件を自分たちで起訴してきました。国の検察に頼らず、調査から起訴までを一つの民間団体が担ってきたわけです。
この仕組みには、強みと課題の両方があります。
- 強み:動物の事件は、検察や警察の優先順位が下がりやすい。専門の団体が担うことで、事件が埋もれにくい
- 課題:調べる側と訴える側が同じ団体になる。寄付を集める慈善団体が起訴まで行うことに、公平性の面から批判がある
2014年には、RSPCAの訴追活動について独立した調査報告が出されました。そしてRSPCAは2021年1月、訴追の役割を国の検察庁(CPS)に移すことを検討すると発表しています。下院図書館の資料によれば、RSPCAは2024年の事業計画で「2026年までに訴追をCPSに移す」ことを目標にしました。
移行後も、RSPCAの職員が虐待を調べ、証拠を集める役割は変わりません。変わるのは、集めた証拠をもとに「起訴するかどうか」を判断し、裁判を進める役割です。200年続いた仕組みが、いま切り替わろうとしています(移行の完了は、執筆時点で公式には確認できていません)。
お金はどこから来ているのか
RSPCAの活動は、ほぼすべてが民間のお金でまかなわれています。下院図書館の資料によると、2023年の年次報告では次のようになっています。
- 最大の収入源は遺贈(亡くなった人が遺言で寄付するお金)で、8,390万ポンド
- 2番目は寄付で、4,630万ポンド
- 定期的に寄付する支援者は約42万人
- 政府からの資金は、年間支出の0.1%未満
遺贈が最大の収入源になっているのは、200年の歴史の中で「動物のために財産を残す」ことが社会に根づいてきたことの表れです。一方で、寄付に頼る以上、収入は景気や団体への信頼に左右されます。
実際に2024年には、RSPCAが認証する畜産の福祉基準(RSPCA Assured)について、基準が守られていない農場があるとする調査が公表されました。これを受けて、副会長を務めていたミュージシャンのブライアン・メイ氏が辞任しています。認証や監視を担う団体にとって、信頼はそのまま活動の土台です。
日本との違い|取り締まりを担うのは誰か
日本にも動物の虐待を罰する法律はあります。動物愛護管理法は、2019年の改正で、愛護動物をみだりに殺したり傷つけたりした場合の罰則を「5年以下の懲役または500万円以下の罰金」に引き上げました(2025年6月からは刑法の改正で「懲役」が「拘禁刑」に変わっています)。最高刑の重さは、イギリスと同じ水準です。
違いは、法律を動かす仕組みにあります。
- 調べる人:イギリスでは、RSPCAの職員が通報を受けて現場に行きます。日本では、自治体の動物愛護管理センターや保健所の職員、そして警察が担います
- 訴える人:イギリスでは、RSPCAが自分で起訴してきました。日本では、起訴できるのは検察官だけで、民間団体は警察や検察に告発することまでしかできません
- お金:RSPCAは寄付と遺贈で動きます。日本の取り締まりは、自治体の予算と人員の範囲で行われます
日本では、虐待の疑いがあっても、自治体や警察の人手や優先順位によって、対応に差が出ることがあります。イギリスは、その「すき間」を200年かけて民間の団体が埋めてきました。そして今、その団体自身が「起訴は国に任せ、救助と調査に集中する」方向へ動いています。
民間が担うか、公的機関が担うか。どちらが正解というより、「誰かが確実に動く仕組みになっているか」が問われているのだと思います(オーストラリアの同名の団体についてはオーストラリアの動物愛護事情|RSPCAオーストラリアで紹介しています)。
まとめ
RSPCAは、1824年にロンドンのコーヒーハウスで生まれた、世界最古の全国的な動物保護団体です。1822年のマーティン法を「動かす役」として始まり、1840年に王室の名を得て、200年にわたり虐待の調査と私人訴追を担ってきました。
その職員は警察のような制服を着ていますが、法律上の権限は一般の市民と同じです。活動資金も、ほとんどが寄付と遺贈です。そして2021年以降、RSPCAは訴追の役割を国の検察に移す方向へ動いています。
法律があっても、それを動かす人がいなければ、動物は守られません。RSPCAの200年は、「誰が法律を動かすのか」という問いへの、イギリスの一つの答えです。日本で同じ問いを考えるとき、その仕組みと、いま起きている変化の両方が参考になるはずです。
(2026年9月 執筆。数字は英国下院図書館の資料(2024年)とRSPCAの公式情報にもとづいています)


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