オーストラリアのパピーファーム規制は何を決めたのか|NSW州は繁殖メス20頭・出産は生涯5回、2025年12月にブリーダー番号を義務化
オーストラリアのニューサウスウェールズ州(NSW州、州都シドニー)は、2024年11月に「パピーファーム(子犬工場)を禁止する」法律を成立させました。一つの施設で飼える繁殖用のメス犬は20頭まで、1頭のメスが産めるのは生涯5回まで。2025年12月からは、犬を繁殖させる人は全員が「ブリーダー番号」を持ち、子犬の広告に載せなければなりません。
ただ、法律の名前は「禁止」でも、中身は繁殖そのものを止めるものではありません。決めたのは、頭数・回数・人手という数えられる基準と、誰がどの犬を繁殖させたのかをたどれる仕組みです。そして、その基準を確かめるのは、国の役所ではなく、RSPCA NSWという民間の慈善団体の査察官です。
この記事では、NSW州の2024年法の中身を段階ごとに整理し、先行したビクトリア州との違い、取り締まる側の数字、2026年に提出された次の改正法案までをたどります。最後に、日本の「数値規制」と比べます。
目次
パピーファーム規制の年表|2017年のビクトリア州から2026年の改正法案まで
オーストラリアでは、動物福祉の法律は主に州ごとに定められています。NSW州の基本法は1979年の「動物虐待防止法(Prevention of Cruelty to Animals Act 1979、POCTAA)」で、これまで何度も改正を重ねてきました。
- 2017年12月:ビクトリア州の議会がパピーファーム対策の改正法を可決。繁殖メスの上限を原則10頭とし、ペットショップの仕入れを保護施設などに限る(2018年7月1日から)
- 2021年6月:NSW州議会が動物虐待防止法の改正法を可決。虐待罪の罰金の上限を個人5,500豪ドルから44,000豪ドルへ、禁錮を6か月から12か月へ引き上げ
- 2024年8月:「透明性と適格者」改正法が成立(8月7日可決、15日裁可)。取り締まりを担う慈善団体を情報公開法とオンブズマンの対象に
- 2024年11月21日:「パピーファーム」改正法が裁可・施行。繁殖メス20頭の上限が始まる
- 2025年12月1日:ブリーダー番号の義務化、生涯5回の出産上限、犬20頭に職員1人などが始まる
- 2026年:取り締まりと運用の権限を見直す改正法案(Enforcement and Operational Powers)が州議会に提出される
- 2029年12月1日:犬を繁殖させる全員に、繁殖の実施基準(Breeding Code)の順守を義務づける予定
NSW州の2024年法は何を決めたのか|3段階の施行
正式名は「動物虐待防止改正(パピーファーム)法2024」です。動物虐待防止法と、犬猫の登録を定める「コンパニオンアニマル法1998」を改正しました。州の第一次産業・地域開発省(DPIRD)は、目的を「正当なブリーダーに過度な負担をかけずに、すべてのブリーダーに良い動物福祉を求める仕組み」と説明しています。
施行は3段階に分かれています。
① 2024年11月21日から
- 一つの施設で飼える「成犬のメス」は20頭まで。ここでいう成犬のメスは、生後6か月以上で、不妊手術などで永久に繁殖できなくなっていないメスを指します
② 2025年12月1日から
- NSWペット登録(NSW Pet Registry)を通じたブリーダー番号の取得の義務化
- 1頭のメスの出産は生涯5回まで。帝王切開の場合は、獣医師の承認があっても3回まで(どちらか早い方)
- 生後12週を超える犬20頭ごとに職員1人。生後12週未満の子犬は、母犬の役割を考えて、一腹をまとめて1頭と数えます
- 子犬の売買・譲渡の広告のルールを強化し、引き渡し前に一定の識別情報を示すことを義務化
③ 2029年12月1日から
- 意図した繁殖か偶然か、お金を受け取るかどうかに関係なく、犬を繁殖させる全員が繁殖の実施基準(Breeding Code)を守る。これまでは、対価を得て犬猫を繁殖させる事業者だけが対象でした
裁可からおよそ6年後には、法律の見直しも予定されています。
「偶然の出産」でもブリーダー|番号と広告のルール
この法律でいちばん影響が広いのは、ブリーダー番号(Breeder Identification Number、BIN)です。州の地方自治局(Office of Local Government)の案内では、次のように整理されています。
- NSW州で犬を繁殖させる人は、全員がブリーダー番号を持つ必要がある
- 飼っている犬や猫が妊娠した、または出産した時点で「ブリーダー」とみなされる。計画した妊娠か、偶然かは問わない
- 偶然の一度きりの出産でも、妊娠を知ってから14日以内、または出産から7日以内に申請する
- 2025年12月1日以降に生まれた子犬を広告するときは、子犬のマイクロチップ番号とブリーダー番号の両方を載せる。犬種団体の会員番号では代わりにならない
- 買い手は、NSWペット登録の検索で番号の有効性を確かめられる
- 猫の繁殖では、ブリーダー番号は義務ではない
ポイントは、「業者かどうか」で線を引かなかったことです。業者だけを対象にすると、「業者ではない」と名乗る人や、ネットの個人売買が抜け道になります。NSW州は、子犬が生まれた時点で誰の犬かを記録し、広告の段階で番号をたどれるようにしました。
20頭を超えていた業者はどうなるのか|経過措置と10年の例外
法律ができた時点で、すでに20頭を超える繁殖メスを抱えていた業者もいます。一気に上限を当てはめると、行き場のない犬が大量に出るおそれがあります。そこで、経過措置が設けられました。
- 2025年12月1日までは、施行直前(2024年11月21日の前)に飼っていた頭数を超えなければ、20頭を超えていても違反にならない。査察官に求められたら、頭数を証明する書類を出す
- 2024年10月24日時点で20頭を超えていた一部の業者は、上限の例外を申請できる。例外の期間は10年で、その間に規模を段階的に縮小する
- 例外を受ける業者には、繁殖の実施基準の順守と、毎年の繁殖報告の提出が条件になる
- 申請の受付は2025年5月30日から7月13日まで(締め切り後も、一定期間は個別に相談を受け付けるとされています)
「禁止」と聞くと大規模施設がすぐになくなる印象を受けますが、実際は10年かけて縮小させ、その間は報告で状況を見えるようにする設計です。急に止めれば、困るのは施設にいる犬だからです。
先行したビクトリア州|繁殖メス10頭とペットショップの仕入れ制限
オーストラリアで先にパピーファーム対策を法律にしたのは、メルボルンのあるビクトリア州です。州政府の2017年12月15日の発表によると、改正法の内容は次のとおりです。
- ブリーダーが所有し、自治体に登録できる繁殖可能なメス犬は原則10頭まで
- 追加の要件を満たし、農業大臣の承認を受けた場合でも、上限は50頭
- 2018年7月1日から、ペットショップは保護施設・自治体の収容施設・登録した預かりボランティアからの犬猫しか売れない。子犬を店のショーウィンドウに展示することも禁止
ビクトリア州は「頭数の上限」と「ペットショップの仕入れ先の制限」を組み合わせました。NSW州は上限を20頭とし、その代わりに出産回数・人手・ブリーダー番号という別の物差しを足した形です。どちらが正しいかではなく、「何を数えて、何をたどるか」の選び方の違いといえます。
誰が取り締まるのか|RSPCA NSWの査察官と2024〜25年度の数字
法律に数字を書いても、確かめる人がいなければ意味がありません。NSW州で動物虐待防止法の取り締まりを担うのは、警察のほかに、州が認めた二つの慈善団体(Approved Charitable Organisations)、RSPCA NSWとアニマル・ウェルフェア・リーグNSWです。
RSPCA NSWの査察官は、違反が疑われる合理的な理由があれば土地に立ち入って動物を調べ、警告、反則金の通知、動物の押収、地方裁判所への起訴まで行えます(住居に入るには、同意・令状・緊急性のいずれかが必要です)。
RSPCA NSWの査察部門の年次報告書によると、2024年7月〜2025年6月の1年間の数字は次のとおりです。
- 虐待の通報:17,946件
- そのうちRSPCA NSWが調査したもの:16,713件
- 押収・保護した動物:3,650頭
- 2025年6月30日時点の査察官など(officers):40人
RSPCA NSWのウェブサイトでは、調査は1日平均約45件、保護した動物のうち犬は1,725頭、猫は950頭と公表されています。同じ年度に新たに始めた起訴は69件、終結した起訴は122件(うち53件は前年度以前に始めたもの)、裁判所が出した動物の飼育禁止命令は96件でした。
通報の大半は調査されている一方、起訴まで進むのはごく一部です。起訴に至らない多くの案件で、指導や改善の指示によって動物の状態がどう変わったのかは、件数だけでは見えません。オーストラリアのRSPCAの全体像は、オーストラリアの動物愛護事情|RSPCAオーストラリアの活動と収容・譲渡データで紹介しています。RSPCAが生まれたイギリスでの歩みはRSPCAとは何か|1824年に生まれた世界最古の動物福祉団体をご覧ください。
取り締まる側も「見える化」する|2024年の透明化法
民間団体が取り締まりを担う仕組みは、現場を知る専門家が動ける一方で、行政機関ほど外から見えにくいという弱みがあります。NSW州は2024年8月の改正法で、この点に手を入れました。
- RSPCA NSWとアニマル・ウェルフェア・リーグNSWの取り締まり業務を、政府情報公開法2009の対象と明記
- 取り締まり業務をNSWオンブズマンの監督対象に
- 大臣への年次報告で出す情報を増やし、その報告を州議会に提出
- 虐待罪で繰り返し、または複数の有罪となった人には、裁判所が原則として動物の飼育禁止命令を出す
前の章の数字が年次報告書で読めるのも、この流れの中にあります。「取り締まりが厳しくなった」のか、「取り締まりが見えるようになった」のかは、分けて考える必要があります。
次の段階|2026年の改正法案と繁殖コードの見直し
NSW州の改革は、まだ途中です。州政府は2026年、動物虐待防止法の「取り締まりと運用の権限」を見直す改正法案を議会に提出しました。法案の説明書によると、主な内容は次のとおりです。
- 暑いときに、十分な冷房や換気のない車内に犬を放置することを犯罪に
- きれいな水を与えずに動物を2時間を超えてつなぎ続けることを犯罪に
- プロングカラー(内側にとげのある首輪)の所持・使用を犯罪に
- 犬の繁殖施設で、犬の世話・食事・水の確保と、最低限の職員がいることを、別々の違反として定める
本稿執筆時点(2026年10月)で、この法案の成立と施行日は確認できていません。
あわせて、繁殖の実施基準(Breeding Code)の見直しも進んでいます。第1段階は2025年12月の新ルールに合わせた最低限の改定、第2段階は犬猫の繁殖基準の全面的な見直しで、2027〜2028年ごろに行われる見込みとされています。2029年12月に全員へ順守を求める前に、基準そのものを作り直す順番です。
日本との違い|数値規制はあるが、対象と「たどる仕組み」が違う
日本にも、2021年6月に施行された環境省令(第一種動物取扱業者及び第二種動物取扱業者が取り扱う動物の管理の方法等の基準を定める省令)による、いわゆる「数値規制」があります。NSW州と並べると、次のようになります。
- 出産回数:日本は犬の生涯出産回数を6回まで、メスの交配は原則6歳以下(7歳時点で出産が6回未満と証明できれば7歳以下)。NSW州は5回まで、帝王切開なら3回まで
- 帝王切開:日本は獣医師が行い、診断書などを5年間保存する決まりで、回数の上限はない。NSW州は3回まで
- 人手:日本は職員1人あたり犬20頭まで(うち繁殖犬は15頭まで)。親と同居する子犬と繁殖を引退した犬は数えない。NSW州は生後12週を超える犬20頭に1人
- 施設ごとの上限:日本の省令に、一つの施設で飼える繁殖メスの総数の上限はない。NSW州は20頭(ビクトリア州は原則10頭)
- 対象:日本の基準は、販売などを業として行う動物取扱業者が対象。NSW州は、偶然の出産を含めて犬を繁殖させる全員が対象
- たどる仕組み:日本では2022年6月から、販売される犬猫へのマイクロチップの装着・登録が業者に義務づけられています。NSW州はさらに、子犬の広告にマイクロチップ番号とブリーダー番号を載せ、買い手が番号を検索できるようにしました
数字そのものは、日本とNSW州で大きくは変わりません。違いが出ているのは、誰を対象にするかと、買う人が確かめられるかです。日本の基準は業者の中を整える仕組みで、買い手がその業者の繁殖の状況を確かめる手段は限られています。NSW州は、子犬が広告に載った時点で、誰がどこで繁殖させたかを外から確かめられる形にしようとしています。
まとめ
NSW州の2024年パピーファーム法は、繁殖メスを1施設20頭まで、出産を生涯5回まで、犬20頭に職員1人と定め、2025年12月からは犬を繁殖させる全員にブリーダー番号を求めました。20頭を超えていた業者には10年の縮小期間を与え、その間は毎年の報告を条件にしています。
この法律の特徴は、善意や業界の自主規制に任せず、数えられる基準とたどれる番号で繁殖を見えるようにしたことです。そして、取り締まる側のRSPCA NSWなども、情報公開とオンブズマンの対象にして、外から見えるようにしました。
日本にも数値規制はあります。次に問われるのは、その数字が守られているかを、誰が、どうやって確かめ、買う人や社会がそれを知ることができるかです。NSW州の法律が本当に効いたかどうかは、2030年ごろの法律の見直しで、数字として示されるはずです。
(2026年10月 執筆。NSW州の制度は州政府(DPIRD・地方自治局)の公表資料と法案の説明書、取り締まりの数字はRSPCA NSWの年次報告書と公表資料、日本の基準はe-Gov法令検索の省令本文にもとづいています)
参考記事
- NSW Department of Primary Industries and Regional Development:Prevention of Cruelty to Animals Amendment (Puppy Farming) Act 2024
- NSW DPIRD:Animal welfare reform
- NSW Office of Local Government:Mandatory breeder identification
- NSW DPIRD:Prevention of Cruelty to Animals Amendment (Transparency and Fit and Proper Persons) Act 2024
- NSW DPIRD:Increasing penalties & improving court orders(2021年改正)
- NSW DPIRD:Review of the Animal Welfare Code of Practice Breeding Dogs and Cats
- Parliament of NSW:Prevention of Cruelty to Animals Amendment (Enforcement and Operational Powers) Bill 2026(First print・説明書)
- RSPCA NSW:Inspectorate Annual Report 2024–2025
- RSPCA NSW:Investigating Animal Cruelty
- RSPCA NSW:Prosecuting to Protect Animals
- Premier of Victoria:Getting It Done: Ending Puppy Farming Once And For All(2017年12月15日)
- e-Gov法令検索:第一種動物取扱業者及び第二種動物取扱業者が取り扱う動物の管理の方法等の基準を定める省令(令和3年環境省令第7号)
- 東京都保健医療局:動物取扱業者の飼養管理基準(施行・適用時期)


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