• HOME
  • 記事一覧
  • ヨーロッパ
  • 「オランダには野良犬がいない」は本当か|犬のマイクロチップ義務化から13年、犬税は29%の自治体だけ、残る課題は猫

「オランダには野良犬がいない」は本当か|犬のマイクロチップ義務化から13年、犬税は29%の自治体だけ、残る課題は猫

「オランダには野良犬がいない」。日本では、ペット先進国の話になるとよく出てくる言葉です。理由として、犬税の高さや、動物警察の存在が挙げられることもあります。

ただ、オランダ政府の資料を読んでいくと、この話は少し違って見えてきます。政府が「野良犬ゼロ」を統計で示しているわけではありません。犬税は、いまでは3割の自治体しか課していません。代わりに見えてくるのは、犬が迷子になっても「誰の犬か」がすぐわかる仕組みと、見つかった動物を自治体が引き受けるという、地味な制度の積み重ねです。

そして、その仕組みが届いていない動物もいます。猫です。この記事では、オランダの一次資料をもとに、「野良犬がいない」と言われる理由を制度ごとに分けて確かめ、日本の数字と並べてみます。

「野良犬ゼロ」は公式の統計ではない

最初に確認しておきたいのは、「野良犬がいない」という言い方の出どころです。

この記事で確認したオランダ政府の資料(議会への書簡、法令、自治体の税の調査)には、「野良犬の数」を数えた統計は出てきませんでした。つまり「ゼロ」は、誰かが数えた結果ではありません。

数えられていないものは、ゼロとも多いとも言えません。それでも、街で飼い主のいない犬をほとんど見かけない、という実感には理由があります。その理由は、犬を「減らす」制度よりも、犬を「飼い主に戻す」制度の側にあります。

2013年から、すべての犬にマイクロチップと登録

オランダでは、2013年から犬のマイクロチップ装着と、国の登録ポータルへの登録が義務になっています。手続きを担う政府機関RVO(オランダ企業庁)の案内によれば、ポイントは次のとおりです。

  • 対象:すべての犬(2013年から義務)
  • 期限:生まれてから7週間以内にチップを入れ、登録する
  • 番号:子犬が生まれた飼い主は、RVOから受けた固有の番号を使ってチップとパスポートを手配する
  • 届け出:譲渡・死亡・行方不明のときは、ポータルで登録を外す
  • 輸入した犬:業者でなくても、犬を輸入した人は登録が必要

効果は数字に出ています。オランダの全国的な動物保護団体Dierenbescherming(オランダ動物保護協会)は2024年10月、犬のチップ義務があることで、見つかった犬の90%以上を飼い主のもとへ戻せていると説明しています。

迷子の犬がすぐに家へ帰れば、「飼い主のいない犬」として街に残ることはありません。野良犬が見えない理由の中心は、ここにあります。

見つかった動物は自治体が預かる|民法の「2週間」

では、チップがない犬や、飼い主がわからない動物はどうなるのでしょうか。

オランダ民法典の第5編第8条は、見つかった動物の扱いを定めています。動物が見つかると、自治体がそれを預かります(拾得物の保管)。そして自治体が預かってから2週間がたつと、市長はその動物を第三者に有償で、それができなければ無償で譲り渡すことができます。それもできないときに限って、殺処分ができるという順番です。

ここで大事なのは、「見つかった動物をどうするか」が、善意の団体任せではなく、自治体の仕事として法律に書かれていることです。

拾得動物を自治体の責任で受け入れる考え方は、ドイツのティアハイム(動物保護施設)にも通じます(ドイツの動物保護施設ティアハイムとは)。

犬税は「野良犬対策」なのか|課している自治体は29%

「オランダは犬税が高いから、安易に犬を飼えず、捨て犬が出ない」。こうした説明もよく見かけます。しかし、自治体財政の研究機関COELO(フローニンゲン大学)が毎年まとめている「地方負担アトラス」の2026年版を見ると、事情は違います。

  • 2026年に犬税を課しているのは、342自治体のうち100(29%)
  • 2010年には72%の自治体が課していた
  • 2026年は12自治体が廃止し、新たに導入したのは1自治体(ワイク・バイ・ドゥールステーデ)
  • 北部のフローニンゲン州とドレンテ州には、犬税のある自治体がひとつもない
  • 犬1頭あたりの年額は、課している自治体の平均で81.69ユーロ(2026年)

さらにCOELOは、犬税の収入は自治体の一般財源に入り、犬のふんの清掃などに使う義務はないと説明しています。犬税は、動物福祉のための目的税ではありません。

犬税をやめた自治体で野良犬が増えたことを示す資料も、今回確認した範囲にはありません。少なくともいまのオランダでは、犬税を「野良犬がいない理由」として挙げるのは難しいと言えます。

動物警察と通報窓口「144」|通報は年15万件超に

オランダの動物福祉を語るときに、もうひとつよく出てくるのが「動物警察」です。

2011年、動物虐待やネグレクトを通報する全国の窓口「144 Red een Dier(144、動物を救え)」が始まり、動物を専門に扱う警察官の育成も進みました。2013年2月の政府の議会宛て書簡によると、

  • 窓口開設から9か月で約13万5,000件の電話があり、そのうち約4万件が動物福祉の通報になった
  • 通報のうち、動物警察が担当したのは約5分の1(19%)
  • 2011年以降、約180人の警察官が「動物担当」として研修を受けて配置された

その後、窓口は広く知られるようになりました。2026年1月に下院議員が提出した予算修正案の説明によると、通報は数年で年5万件から年15万件超に増えた一方、窓口の人員は開設以来ずっと常勤換算11人のまま、予算の水準も2011年当時のままです。2023年末には体制が縮小され、窓口は24時間対応ではなくなりました。夜間の通報は、警察の一般番号や112(緊急通報)に回ります。

通報できる窓口があることで、見えなかった虐待が見えるようになりました。しかし、見えるようになった件数に、対応する体制が追いついていません。仕組みは、作ったあとも人と予算を足し続けないと回らない、という例です。

法律が定める「助ける義務」と飼育禁止

土台にあるのは、2013年に施行された動物法(Wet dieren)です。

  • 第2.1条 第1項:正当な目的なく、動物に痛みや傷を与えること、健康や福祉を損なうことを禁止
  • 第2.1条 第6項:「すべての人は、助けを必要とする動物に必要な世話をする」。飼い主でなくても、困っている動物を放っておいてはいけない、という義務です
  • 第2.1条 第7項:これらの規定は、飼われていない動物にも適用される
  • 第8.11a条:有罪判決などの際、裁判所は動物を飼うことの禁止を、終身または最長30年まで命じることができる

飼育禁止は、動物を手放した人がまた別の動物を迎えて同じことを繰り返す、という流れを断つための仕組みです。

残る課題は猫|年6万2,500匹が行方不明

犬の仕組みがうまく回っている一方で、猫はそうではありません。猫には、全国でのチップ装着・登録の義務がまだないからです。

Dierenbescherming(2024年10月)によると、

  • オランダでは毎年約6万2,500匹の猫が行方不明になる
  • そのうち約6,500匹が、外をさまよっているところを保護される
  • 保護された猫の80%以上は、飼い主のもとに戻れない。チップがないか、登録情報が正しくないため

犬の「90%以上が戻る」と比べると、差ははっきりしています。違いを生んでいるのは、猫への愛情の量ではなく、登録の仕組みがあるかどうかです。

政府も動いています。2023年1月、当時の農業・自然・食品品質相は、全国で猫のチップ装着・登録を義務にする方針を発表しました。発表時点で、オランダの飼い猫は約290万匹、行方不明になる猫は年6万匹以上、飼い主のわからない猫の世話に自治体がかけている費用は年約480万ユーロとされています。2024年1月の議会宛て書簡では、関係団体と一緒に政令案を準備しているとしました。ただ、2026年10月の執筆時点で、猫の義務化はまだ施行されていません。

なお、EU全体でも、犬と猫の登録をそろえる規則づくりが進んでいます(EUが初めて犬猫の福祉ルールを統一)。

日本との違い

日本の数字と並べてみます。環境省の統計によると、2024年度(令和6年度)の犬は次のとおりでした。

  • 自治体の引取り:17,399頭(うち所有者不明 15,184頭、飼い主から 2,215頭)
  • 飼い主への返還:6,630頭
  • 譲渡:8,797頭
  • 殺処分:1,964頭

所有者不明として収容される犬が1万5,000頭を超え、そのうち飼い主の元へ戻れたのは6,630頭です。日本でも、2022年6月1日からブリーダーやペットショップで売られる犬猫へのマイクロチップ装着と登録が義務になりました。ただし、それ以前から飼われている犬猫や、譲り受けた犬猫への装着は努力義務にとどまります。

オランダとの違いを整理すると、次のようになります。

  • 登録の対象:オランダはすべての犬(2013年〜)。日本は販売される犬猫が中心(2022年〜)
  • 拾得動物の扱い:オランダは民法で、自治体が2週間預かったあと譲渡を優先する順番が決まっている。日本は動物愛護管理法と自治体の運用による
  • 通報窓口:オランダは全国共通の「144」と警察の動物担当。日本は自治体や警察にそれぞれ通報する
  • 共通の課題:どちらも猫の登録が追いついていない

「野良犬がいない国」を目指すなら、犬税のような負担を重くすることより、迷子の犬がすぐ家に帰れる仕組みを、すべての犬に広げるほうが近道だと、オランダの数字は示しています。

各国の制度の全体像は、ヨーロッパのペット先進国のルールまとめや、動物福祉の国別ランキングもあわせてご覧ください。

まとめ

「オランダには野良犬がいない」は、統計で確かめられた事実ではありません。ただ、飼い主のいない犬を見かけない理由は、制度の中にあります。

  • 2013年から、すべての犬にマイクロチップと登録が義務。見つかった犬の90%以上が飼い主に戻る
  • 見つかった動物は、民法にもとづいて自治体が預かり、2週間後は譲渡を優先する
  • 犬税は、いまでは29%の自治体だけ。一般財源で、野良犬対策の目的税ではない
  • 通報窓口「144」は年15万件超の通報を受けるが、人員は開設時のまま
  • 猫には全国の登録義務がまだなく、保護された猫の80%以上が家に帰れない

野良犬が「いない」のではなく、迷子の犬が「家に帰れる」。その差を生んでいるのは、善意の量ではなく、登録と引き受けの仕組みです。そして同じ仕組みが猫にまだ届いていないことも、オランダの現実です。

(2026年10月 執筆。オランダの制度は法令本文・政府の議会宛て書簡・COELOの調査、数字は各資料に記載の年のものです)

参考記事

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。